大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2503号 判決

控訴人 太田良雄

右訴訟代理人弁護士 福原弘

被控訴人 パレス不動産株式会社

右代表者代表取締役 谷口勝太郎

右訴訟代理人弁護士 千葉宗八

同 千葉宗武

同 青山緑

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、原判決につき次のとおり訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目裏一行目から五行目までを「一、被控訴人は、昭和四八年九月二八日訴外熱海高原観光株式会社(以下「熱海観光」という。)との間で、同日付土地建物売買予約契約書に基づき、同会社所有に係る熱海市所在の土地建物(以下「甲物件」という。)について、被控訴人が同会社からこれを次の条項で買い受ける旨の契約(以下「第一契約」という。)を締結した。」と改め、同三枚目表一〇行目の「記載の」の次に「1ないし9の」を加え、同表一一行目に「条件」とあるのを「条項」と改め、同六枚目表三行目の「記載の」の次に「(一)ないし(十一)の」を加え、同表九行目に「八月二八日」とあるのを「八月二七日」と、同表一〇行目に「同日」とあるのを「同月二八日」と、同表一一行目に「同日」とあるのを「同月二七日」と、同六枚目裏五行目に「同日」とあるのを「同月二九日」とそれぞれ改める。

二  原判決九枚目表四行目に「昭和四〇年」とあるのを「昭和四八年」と改め、同表七行目の「所有の」の次に「別紙」を加え、同九枚目裏四行目に「八八〇・八一七」とあるのを「八八〇、八一七」と改める。

三  原判決一九枚目表三行目に「一、八八五番の一」とあるのを「一、八八五番の一の一」と、同二一枚目表八行目に「同番地二」とあるのを「同番地三」とそれぞれ改める。

理由

一  被控訴人が被控訴人主張の日熱海観光との間で同会社所有の甲物件につき被控訴人主張の条項をもって第一契約を締結した事実は、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、被控訴人が熱海観光及び控訴人との間で原判決別紙第一物件目録「旧表示」記載の1ないし9の土地建物(以下「本件物件」という。)につき被控訴人主張の第二契約を締結したと主張するので検討するに、《証拠省略》によれば、本件物件はもと控訴人の所有であった事実を認めることができるところ、本件物件中1、2、5、9の各土地建物につき被控訴人主張の静岡地方法務局伊東出張所昭和四八年一〇月二日受付第一八三八八号所有権移転請求権仮登記、本件物件中3、4、6、7、8の各土地につき被控訴人主張の同地方法務局同出張所同日受付第一八三八九号条件付所有権仮登記がそれぞれ経由された事実は、当事者間に争いがない。また、控訴人名下の印影が控訴人の印章により顕出されたものであることに争いのない甲第三号証には、控訴人が被控訴人との間で本件物件につき被控訴人主張の第二契約を締結した旨の記載があるところ、《証拠省略》を総合すれば、甲第三号証中控訴人作成部分は訴外高宮英一が控訴人の肩書住所を記載し、被控訴人の企画開発部長訴外金山金市が控訴人の氏名を記載し、訴外長洲廣が控訴人から預かった控訴人の印章をこれに押捺して作成された事実を認めることができる。

(一)  そこで、第二契約が締結されるに至った経緯につき検討するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち

(1)  熱海観光は、甲物件及びその付近の同会社所有物件並びに借地を用いて観光事業を営み、サボテン公園、ドライブイン、レストラン、ロープウェイ等を経営していたが、昭和四六年五月ころ倒産し、長洲廣が昭和四七年五月ころ同会社の代表取締役に就任して、債務の整理及び事業の再建に尽力することとなった。控訴人は、昭和四四年九月ころ熱海観光に入社し、経理課長をしていたが、昭和四八年五月ころ同会社の総務部長となり、長洲に協力して右再建に尽力していた。

(2)  長洲は、熱海観光の資産の一部を売却して再建の資金を捻出しようと企て、買手を物色していたが、昭和四八年七月ころ知人の訴外株式会社マルギン代表取締役高宮英一から被控訴人を紹介されて、同会社との間で甲物件につき売買契約締結の折衝を始めた。被控訴人は、甲物件を買い受けてその一部にリゾートマンションを建設する計画を立て、同会社代表取締役小西健治郎は、同年八月二六日長洲、高宮とともに控訴人の案内で甲物件の所在地及び現況等を見分した。右折衝中に売主側から示された売買代金、手付金の額が高額であったうえ、熱海観光の事業再建計画の実現に懸念がなくもなかったところから、被控訴人は、諸事情から売買契約が解消されるに至るかも知れないことをおもんぱかり、その場合には熱海観光から手付金の返還を受けることとし、右手付金の返還債権を確保するために担保を提供すべきことを熱海観光に対し要求した。長洲は、控訴人に対し、被控訴人から担保提供の要請があった旨を説明し、控訴人所有の不動産を担保に供してほしいと懇請した。控訴人は、熱海観光の再建のために必要であるならば、長洲の右懇請を入れるのもやむを得ないと考え、これを承諾したうえ、同年九月二四日小西、高宮を本件物件の所在地に案内し、本件物件と隣接地との関係等を説明したほか、小西に対し「熱海観光再建のために自分の財産も提供する。被控訴人との取引については長洲に一切を任せている。」等と付け加えた。また、控訴人は、そのころ長洲に対し「本件物件中1の土地につき熱海観光の手付金返還債務を担保するため抵当権を設定することを承諾する。」旨を告げ、その抵当権設定契約締結及び抵当権設定登記手続に使用するものとして、控訴人の実印、印鑑証明書、委任状及び一綴りになっていた本件物件の登記済権利証を長洲に交付し、右1の土地につき被控訴人との間で抵当権設定契約を締結すること及びその抵当権設定登記手続をすることの代理権を長洲に授与した。

(3)  長洲は、熱海観光の代表者及び控訴人の代理人として被控訴人の代表者小西と折衝を重ね、同年九月二八日被控訴人との間で第一契約を締結したが、その際長洲は、被控訴人との間で、第一契約が特約に基づき解除されて熱海観光が被控訴人に対し手付金一億円及びこれに対する約定利息を返還すべき債務を負担するに至る場合における熱海観光の右返還債務を担保する目的をもって、控訴人所有の本件物件につき右手付金元本額を売買代金とする売買契約を締結し、売主たる熱海観光及び控訴人は約定の昭和四九年八月三一日に代金一億二〇〇〇万円をもって本件物件を買い戻すことができるが、右買戻しができない場合には被控訴人が熱海観光から返還を受けるべき右一億円をもって右同日本件物件の売買代金の支払に充当する旨約定し、右の趣旨を記載してある土地建物売買契約書(甲第三号証)を作成してこれを被控訴人に差し入れ、第二契約を締結した。また、長洲は、その際控訴人から預かっていた同人の印鑑証明書、委任状及び本件物件の登記済権利証を被控訴人に交付した。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(二)  右認定事実によれば、前記土地建物売買契約書(甲第三号証)には控訴人の署名がなされ、同人の印章が押捺されているのであるが、右控訴人の作成部分は長洲廣が控訴人の代理人としてこれを作成したものと見ることができるから、控訴人が自ら被控訴人との間で第二契約を締結したものと認めることはできず、また、長洲が控訴人から本件物件につき第二契約を締結する代理権を授与されていたとの事実を認めることもできないから、長洲は、控訴人から授与された代理権の範囲を越えて、被控訴人との間で本件物件につき第二契約を締結したものと見るべきである。

しかしながら、右認定事実によれば、控訴人は、熱海観光の総務部長として代表者長洲に協力し、同会社の再建に尽力していた者であり、第二契約締結に先立って被控訴人の代表者小西を本件物件の所在地に案内してこれを見分させたうえ、同人に対し前記のように「自分の財産も提供する。取引については長洲に一切を任せている。」等と言明し、しかも、控訴人は、自己の実印、印鑑証明書、委任状、本件物件の登記済権利証を長洲に交付し、長洲は、第二契約締結の際右印鑑証明書、委任状、登記済権利証を被控訴人に交付したのであって、原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人の代表者小西は、控訴人との間で第二契約を締結するに当たり、長洲が控訴人の代理人として右第二契約を締結する権限を有するものと信じ、これを疑わなかった事実を認めることができるところ、被控訴人の代表者小西が右のような控訴人の言動に照らし長洲に右権限があるものと信じたことについては正当な理由があったものと認めるべきである。

してみれば、控訴人は、民法第一一〇条により被控訴人との間で締結された第二契約につきその責めに任ずべきこととなる。

三  被控訴人が熱海観光に対し第一契約に基づき約定に係る手付金一億円を支払った事実、被控訴人が被控訴人主張の日熱海観光に対し第一契約の特約に基づき同契約を解除する旨の意思表示をした事実及び被控訴人が被控訴人主張の日控訴人に対し第二契約の特約に基づき熱海観光において約定に係る手付金及び利息を約定の期日に返還しないときは前記手付金一億円を本件物件の売買代金の支払に充当する旨の意思表示をした事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、被控訴人のした第一契約解除の効力について検討するに、《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

すなわち

(一)  熱海観光は、昭和四八年九月二九日被控訴人から手付金一億円の支払を受け、これをもって熱海観光の債権者であった訴外山崎清に対する債務を弁済し、同人から甲物件を含む熱海観光所有物件の引渡しを受けて事業再建への準備を整えたが、他に事業再建に必要な資金を準備するまでには至らなかったため、自ら積極的に本来の事業再建のための作業を企画し遂行するという手掛りを取得するには至らず、したがって、熱海観光は、被控訴人との間で締結した約定に基づき、同会社が甲物件の一部地上に建築することを計画したリゾートマンションの建築工事につき、開発行為の許可申請をするのに協力し、かつ、工事遂行に協力することによって、同会社の右計画が早急に実現することを期待し、右計画が実現した暁において甲物件の一部地上に熱海観光のテニスコート、プール等を造成・開設し、もって自社の観光事業の再建を図ることを計画したに留まった。

(二)  被控訴人は、甲物件の一部地上に一一階建の高層リゾートマンションを建築し、これを分譲することによって自社の収益を上げるとともに、熱海観光のサボテン公園等の再開又は新たな企画の実現に役立たせようと計画し、同年一〇月には訴外株式会社新日本綜合設計(当時の商号・株式会社日研建設)に依頼して右建築物の設計図を作成し、右建築物の建築工事施工に必要とされた開発行為の許可を受けるための事前手続として、同年一一月二四日熱海市に対し審査願を提出し、同市当局より下水施設、建築物の高度制限等について種々の指摘・指導を受け、同年一二月一〇日には同市に対し承認願を提出するに至ったが、同市は、マンション等の増設に伴う環境破壊等を憂慮して、マンション等の建築計画につき厳しい規制を加えるようになり、同月一四日ころから右事前手続の審査を全面的に停止して、再検討をするに至った。そこで、被控訴人は、昭和四九年一月中旬ころ右建築物につき建築工事施工に必要な諸手続を進めることを一時中止し、事態の推移を見守ることとした。ところが、折からのいわゆる石油ショックによる影響は、建設業界に深い打撃を与え、一般にマンションの売れ行きが鈍くなるとともに、建築資金を確保するのにも困難な状況が出現するに至り、被控訴人においても資金繰りをすることが苦しくなった。同年六月になって熱海市は右事前手続の審査を再開し、被控訴人の計画に係る右建築物についても従前の設計図に多少の修正を加えれば右建築計画につき必要な諸手続を進めることが可能な見通しとなったが、被控訴人は、右建築物の設計変更作業、建築基準法所定の建築物確認手続の履行、右建築物の建築工事に要する期間及び費用、右建築物完成後における収益の見込み等の諸事情を考慮して、右建築物の建築計画を遂行することを断念するに至った。

(三)  被控訴人と熱海観光は、第一契約において甲物件につき協力してサボテン公園等の開発計画を実行することを約定したが、その主たる目的は、被控訴人が右地上にリゾートマンションを建築してこれを分譲する計画を樹立し、これを実現することにあった。したがって、被控訴人が右建築物の建築を断念するに至れば、右両会社間の約定に係る開発計画は達成されることが不可能となる。そこで、被控訴人は、熱海観光に対し第一契約を解除する旨の意思表示をするに至った。

以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、控訴人は、第一契約の解除に従い被控訴人が売買代金一億円をもって時価三億円を越える本件物件の所有権を取得するに至るのは不当であると主張するが、本件物件の時価が一億円を不当に越えるものであることを認めるに足りる証拠は存しないから、控訴人の右主張はこれを採用し得ない。また、控訴人は、被控訴人が第一契約に基づき熱海観光に対して支払った手付金一億円の返還債権を確保するため控訴人主張のような根抵当権譲受等の処理をしていることに照らせば、被控訴人が本件物件の所有権を取得するに至るのは不当であると主張するところ、《証拠省略》によれば、被控訴人は、控訴人主張の債権を保全する目的で熱海観光所有の土地建物につき控訴人主張の根抵当権設定仮登記移転登記等を経由した事実を認めることができるけれども、《証拠省略》によれば、熱海観光所有の右土地建物については昭和四六年五月二九日任意競売手続開始決定(静岡地方裁判所沼津支部同年(ケ)第五三号事件)が発せられ、右競売手続が進行中であるが、右競売物件の最低競売価額と被控訴人の先順位抵当権者の被担保債権額とを対比すると後者の被担保債権額がはるかに多額であって、被控訴人は、右競売手続において控訴人主張の債権をほとんど回収し得ない事実を認めることができるので、控訴人の右主張も理由がなく、これを採用し得ない。

第一契約における特約は、「当事者のいずれかが前記開発計画が昭和四九年八月三一日までに達成不可能と認めた場合は第一契約を解除できる。」というものであって、右解除権の発生原因については格別の約定がなく、前記認定の経緯によって右開発計画の達成が不可能となるに至った場合であっても右解除権の発生を妨げるものではないと見るのが相当であるから、被控訴人が約定に基づき第一契約の解除権を行使したのは正当であるというべく、また、右開発計画は約定に係る昭和四九年八月三一日までに達成されなかったのであるから、被控訴人のした第一契約解除の意思表示は有効である。

四  熱海観光及び控訴人が被控訴人に対し約定に係る昭和四九年八月三一日までに手付金一億円を返還しなかった事実は、当事者間に争いがないから、第二契約の特約に基づき、被控訴人は控訴人に対し右同日本件物件の売買代金を完済したこととなり、また、被控訴人は、右同日本件物件中1の土地のうちの現況畑の部分を除く部分、2及び5の各土地並びに9の建物につき所有権を取得し、その余の各土地につき、農地法所定の許可を条件として所有権を取得することとなった。

《証拠省略》によれば、本件物件中1ないし8の各土地は、国土調査の結果、1の土地については分筆がなされ、4の土地については地番が変更され、全部の土地につき地積が訂正されて、登記簿の表示が原判決別紙第一物件目録「現表示」記載の(一)ないし(十)の各土地のとおり変更され、昭和五一年四月一二日その各登記が経由された事実及び右(三)の土地の登記簿には甲区順位二番に「昭和四八年九月二七日売買予約」を原因とする「所有権移転請求権仮登記」が転写されているが、右の登記は錯誤に基づくものであって、「昭和四八年九月二七日売買(条件農地法第五条の許可)」を原因とする「条件付所有権仮登記」と表示すべきものである事実を認めることができる。

五  してみれば、控訴人に対し、右(一)、(二)、(四)、(七)の各土地及び右「現表示」記載(十一)の建物につき前記所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続及び引渡しを求め、右(三)の土地につき錯誤を原因とする右仮登記の更正登記手続を求め、右(三)、(五)、(六)、(八)、(九)、(十)の各土地につき農地法第五条の許可申請をすることを求め、右許可がなされた場合に右各土地につき前記条件付所有権仮登記(ただし、(三)の土地については更正登記後のもの)に基づく本登記手続及び引渡しを求める被控訴人の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容すべきである。

よって、原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安倍正三 裁判官 長久保武 加藤一隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例